月霊姫 〜 アスカ 〜

 アスカは、『月』の名を持つ精霊姫。
 人のフリをして生きる彼女の棲家は、不可視の噴水の光の中。
 夜にはそれがときおり光って見えることもあり、それはとても幸運で、よいことが訪れると云われています。
 けれど、その棲家には決して触れてはいけません。荒らすなどもってのほか。なぜなら、月霊姫アスカが死んでしまうから――。


 これは、そんな月霊姫アスカに、むかしむかしにおこったと伝えられるたったひとつの物語――。


 このときアスカには、ひとりだけ心を許した人間が居ました。
 それは、かつて故あって加護を授けた幼い少年。
 けれど少年の幼い記憶は幻となり、大人になるころにはアスカのことをすっかり忘れていました。

 そんなことつゆとも知らない彼女は、あるとき、人間に正体を見破られてつかまってしまいました。
 その人間は、獣をあやつり、戦闘に長けたしもべを従え、無数の武器を持っており、生半なまなかの精霊では全く手が出ませんでした。
 そんな人間たちの砦から鳥籠とりかごにとらえられていた彼女を救い出したのは、何の因果かたまたま通りかかったの少年でした。
 しかし、大人になったその少年は、アスカのことをまるで覚えていません。
「どうして?!」
 自分が忘れ去られていたことに、アスカは深く深く傷つきました。
 それでもアスカは、人間たちから身を隠すために、不可視の棲家に彼を連れて逃げ込みました。
 すると彼は言った。
「ぼくはここに来たことがある……」
 そう。見覚えのある景色に彼は、アスカの事を思い出したのです。
 けれど彼は、続けて言った。
 いい女性ひとが待っているのだ――と。
 そこへ向かう途中だったのだ――と。

 彼は幼いころアスカに命を救われた。
 だからその代償に、彼はアスカの命を護らなければならなかった。
 時を越え、しくもそれは果たされた。
 けれども彼は、アスカのことを忘れていたし、将来を誓い合う女性もいた。

 本当は彼に精霊の加護を与えてずっと一緒に居てほしかったけど……


 アスカと彼を繋いでいた加護は消え去りました。
 アスカの恋は終わりました。
 アスカが心を許した人間は、またゼロになりました。

















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