ヒトツサキ




人に近づき過ぎてはいけないよ
誰かを好きになり過ぎてはいけないよ

何もできなくなる

自分を抱きしめても足りない
夜の闇で自分を抱いて泣くハメになるのは自分だよ
暗闇に伸ばした手は誰も掴んでくれない
流れた涙は誰も拭ってくれない
どんなかたちであれ心を傾け過ぎてはダメ
嬉しくてもどこかでそれを棄てなくてはダメ

離れなさい
離れて はなれて ハナレテ…


太陽(ヒカリ)に近づきすぎた人間は滅びるんだよ…?
ほら、言わんこっちゃない…!
ぼくはちゃんと忠告してあげたのに! あはははは!


ill.010  050503





男はそこに居た それは遠い昔
娘がそこへ行った それは遠い昔

娘はそこへ行った それは遠い昔
男はそこに来た それは遠い昔

娘は相容れることを願った
男はただ 黙っていた

それは 遠い昔…
それが全て 本当に輝いていた全て…


輝き続ける現在(いま)
それは やわらかな幻想(ゆめ)

娘は取り憑かれた 輝く幻想(ゆめ)に
男は現れた まばゆい幻想(ゆめ)に

男はそこには居ない それが現実
けれど娘はそこにいる 幻想(ゆめ)の中に

娘は相容れることを願った
男は優しく微笑んだ…


ill.009  050109





空はこの世でもっとも偉大なる海

どこまでも果てしがなく あおく
どこまでも高く 深く
風という名の海流と波と 雲という名の大陸と
太陽と月と星を浮かべる 限りなき無限と夢幻への扉


その海を泳ぐことを許されたのは 少しの鳥と少しの虫と
偉大なる海を駆ける ソラノサカナ
地上に縛られた愚か者は 空を見上げ空に憬れる

その海を泳ぐことを課せられたのは 少しの鳥と少しの虫と
不自由な自由を得た ソラノサカナ
駆ける脚を持った賢き者は 空を見上げ何を想う?


かつて空から堕ちた生命(いのち)も
そして空へと昇った生命(いのち)も
いまは地上に生きる生命(いのち)も
いつか全ては空へと孵る… そう、総てが

この『地上』さえもを浮かべた海 それが空
全てが生まれて 全てが還るところ

この世ででもっとも 偉大なる海


ill.008  040809





ねえ おじいちゃん、どうしてみんなボクのこと無視するんだろう?
どうしてみんなボクのこと見てくれないんだろう?

ああ。そうだ!
いつかのあの人みたいにさ 空へ翔んでみようか?

通りの向こうの時計塔のね
なが〜いなが〜い階(きざはし)を ぐるぐるぐるぐる上がってさ
そのてっぺんから空に翔ぶんだよ
星空を見下ろして 街の灯を見上げてさ
でも流れる景色は見ないんだよ?
何かを考えたり 思い出したりもしないんだ
だってボクはこわがりだからね
きっとスグに目を閉じて 意識をなくしちゃうんだ
そうして地面に着いたらね 綺麗な紅い華を咲かせるんだ
そしたらみんなにボクがココに居たってこと
ボクがココに生きてたってこと
覚えててもらえると思うんだ
忘れないでいてもらえると思うんだ
ボクがいつかのあの人のこと忘れられないみたいにね

ああ。どうしてボクは自由に動けないんだろう…!
自分の力で動けるなら 今すぐにでもそうしたいのに……!


「よかった! この子まだいたんだね!」
え?
「おじいちゃん、約束だよ。ちゃんとお金を持ってきたんだから この子、頂戴ね?」
ええ??
君は誰? ボクをココから連れ出そうとしている君は誰?

「あなたが売れてなくって良かったわ。
だって私、あなたを買うために ずっとお小遣いをためてたんだもの!」
「今日からたくさんお友達が出来るわよ。
それに今日は君を抱いて寝てあげる!
いつもは みんなを順番に抱いて寝てあげてるんだよ」
「毎日一緒に遊ぼうね? 私の子どもが出来たらその子とも遊んであげてね?」
「そうだ、名前をつけなくっちゃね。なにがいいかな?
ねえお人形さん、あなたなんて呼ばれたい?」

…………。
おじいちゃん、ボク空を翔ぶのやめるよ
この娘の家でみんなと遊ぶほうがいいや!


ill.007  040509





ねえ、僕は 人形ですか?
あなたにとって 僕らはただの人形ですか?

――なに言ってんの?
――私にはそんな事関係ない
――私は、私を私を認めてくれるから あの人のそばにいるのよ?

あの男は言った
人形である彼が言った
『所詮僕らは人形だ』と

――その程度で傷つくの?
――それって、自分が心のどこかでそれを肯定してるからじゃないの?
――そう思ったり、感じたりしてたからじゃないの?

じゃあ君は?
僕と同じ肉体(からだ)を共有している君は?
自分は人形じゃないと言うの?

――関係ないって言ったでしょう?
――大切なのは『私であること』
――私は私 それ以上でも以下でもないわ

僕らが『造られた』のは事実だ
令に従い 動く「もの」だ
与えられたのは そのための能力(ちから)だ



―誰がそんなことを言ったの?―
―私がいつ あなたたちを『人形』だと言った?―
―あなたたちは私から「うまれた」大切な子よ―

―どんな姿(かたち)をしていようとも あなたたちはあなたたち―
―ひとつの肉体(からだ)に ふたつの人格があるのなら―
―それは私にとっても あなたたちにとっても 誰にとっても  二人の「ひと」よ―


ill.006  040328





〜僕達は星の輝く夜にだけ会える――夫婦だよ〜

二人の若者が恋に落ちた夜に交わされた切ない約束・・・

『ねえ、どうしてあなたは夜が白むと行ってしまうの?』
焼菓子にしのばせた眠り薬は 乙女のささやかなる願い
『一度でいいからあなたと太陽の下を歩いてみたい』
『一度でいいからあなたと一日じゅう一緒にいたい』

「ああ。僕は帰り道を見失ってしまった…!」
太陽の光で目覚めた青年の 悲痛な嘆きと最後の願い
「この太陽が昇りきったら 僕は空と地平に挟まれて死んでしまうだろう」
「そしたらどうか 僕を燃やして煙にして 空に還してくれないか?」

やがて、太陽は空に円くかがやく

すすり泣く声と共に ひとすじの煙が空へと向かう


その夜
空から星が一つ消えた


ill.006  040105





彼の軍服はぼろぼろだった
折れた腕は肩から布で吊って 壊れた槍銃(そうじゅう)を杖にして
重々しくその足を引きずりながら歩いていた

老人は言った 『それならばこのままもっとずっと行きなさい』
青年は言った 『もっと東だよ』
貴婦人は言った 『そのような下賎な場所など知りません』
少女は言った 『あの山の向こうよ』
旅人は言った 『寒さを防ぐ準備をして行きなさい』
小さな子どもが言った 『おっちゃん、そんなとこに何しにいくの?』

その丘の上で 老婆は言った
『長いこと待たせてごめんなさいね…』
空っぽの墓標に向かってこう続ける
『ようやく私もそちらへ逝きますからね』

涙が溢れた
彼は唐突に悟った

アァ、俺は 死んでいたんだ……

長い長い旅の果てに彼が見たもの
愛する者の老いた姿
愛する者の果てる姿
愛する者に触れることなく消えてゆく己の姿

交わす言葉も無いままに 二つの魂は溶けて散った


ill.005  031204





夜。

言葉にしてしまえばたった一言の
文字にしてしまえばたった一文字の

けれどお前は幾つもの言葉で飾られる……

凍りつくように冴えた空気が振える 静寂と暗闇の世界
静謐に支配されたその時間は 息をするのも苦しい 身体の芯が震える

闇を切り裂く月の灯り しかしそれは自ら光ってなどいない
闇に揺らめく星の光り しかしそれらは遥か彼方のものでしかない

足音も立てずに迫り来る ただ静かにそれは訪れる
この地面が廻り続ける限り どんなに逃げようとも追って来て いつかきっと包まれる

時間を忘れさせ 感覚を狂わせ 恐怖と不安をもたらし
尖らせた神経は 心を疲弊させる
逃れるために与えられたのは『眠り』
『死』にも似たそれは 明るい日の陽(ひか)りを再び浴びるまでの『無』の時間
そう、それは夢(む)の時間…

その闇を心地好く思う感じるものもいるだろう
無音の中に安らぎを感じ
目を閉じ、ゆっくりと開き 何も見えないことを快く思い
光におびえ 漆黒の中にその身を委ねる
それはきっと この世界に背を向けた瞬間だ

夜。

常に世界の半分を覆い続ける刻(とき)
常に追い 常に追われ 常に在り続ける刻(とき)


ill.004  031105





自然に愛され 大地の上で育った者と
人に愛され 真綿の上で育った者と
相違ありて相容れられず

さりとて 近しい思いをもたれば
互いに羨むことこそあれど 怨み合うことはなし
共には行けぬ二つの道も 絡め合うこと難(かた)くなし

想い想われ 己に悩み
戸惑い揺れて 先を見失い
傷つき疲れ 嘆こうとも

我は知らぬ

お前たちの未来(さき)を 我は知らぬゆえ
お前たちはお前たちの足でゆけ
自ら歩を進め
その未来(さき)にあるものを 自らの目で見よ

我は触れぬゆえ

そこで何があろうと 我は触れぬゆえ
お前たちのの心いっぱいで感じ取り
己で考え
最良と思えるものを 選び取るがいい


全て お前たちの一生(みち)なのだから


ill.003  031017





旅人よ お前はいつか呼ばれるだろう
白いひかりに・・・

空の蒼は海の青と溶け
やがて一つとなるだろう
お前はそれを 止めるだろう
お前はそれを 認めるだろう

旅人よ、溶けてゆくこの世界で一人 お前はどこへ行こうというのか?

ひかりよ、この愚なる旅人を どこへ導こうというのか?

あおく・・・どこまでもあおく染まりゆく世界よ
白いひかりに導かれたこの旅人に 何を求む? 何を与う?
混沌をかきまわすこの旅人に どんな祝福を・・・?



この世界を笑いとばせる強さを――
この世界を生き抜く強さを――
ひかりの運命(さだめ)に打ち勝つ強さを――


ill.002  030925





其は遠き異国 赤き国
赤き風が吹き 赤き砂が舞う

其は遠き異国 赤き砂の国
美しき姫君が在る国
赤き風にたなびくは 空の色の御髪(おぐし)
赤き砂に映えるは 海の色の瞳
赤きに馴染むは 小麦の四肢

其は遠き異国 青き姫の在る国
風が溜まり 砂が凝(こご)り 黒く染まる場所の
どこまでも澄んだ結晶(いし)の中に
青き姫は眠る
空の櫛(くし)に陽光(ひかり)は届かず 海の瞳は何も映さず
誰の目にも留まらぬまま ただ独人(ひとり) 眠り続ける

其は遠き異国 赤き国
青き姫の眠る 赤き砂の国・・・


ill.001  030924


ヒトツサキ

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